· 

南部君の思い出(2)

なぜそんな独り旅をしたのか、話すと長くなる。

暗黒舞踏は土方巽が創始した踊りの一流派だが

かなり異質かつ異形のものだった。

剃り上げた剃髪の男たちが、フンドシ一丁だけを身にまとい

所作の美を求めているとは思えない動きで

突っ立ったりしゃがんだり、はたまたイモムシのようなあがきを見せる。

当時のわたしは芸大生で、創造とは何かをひたすら探求し

犬も食わないだろう答えを探し求めていた。

そんなとき、観衆の前でイモムシのあがきをして見せる暗黒舞踏に

答えのひとつを見つけた思いだった。

人は芸術の名の下なら、ここまで品性をかなぐり捨てられるのか

じつはそうした驚きにこそ、気持ちを揺さぶられたのかもしれない。

あの人たちの舞台の外での顔を見たい、それが独り旅の目的だった。

泊めてもらった翌朝、南部君は「町においしいパン屋がある」といった。

またオートバイで出かけ、パンを買った。

「焼きそばを作るのが得意」というから、小さなスーパーで

麺と少量の野菜を買ったが、肉代をわたしはケチッた。

鳥海山を遠くに眺めて帰りつくと、彼は肉のない焼きそばを作り始めた。

台所から湯気の立つ皿がうやうやしく運ばれて、見るとそれは

ソースの中を麺と野菜が泳ぐような仕上がりだったが

それが彼の「得意」料理なのだった。

昼前、彼に見送られてわたしたちは別れた。その夜は福井のお寺に泊めてもらい

翌日京都に帰り着いた。

だから、どうだというのだと、わたしはこの一文を締めくくれないでいる。

翌年、京大西部講堂で彼の属する舞踏団の公演があった。

そのあと講堂裏で簡単なバーベキューの宴が催された。

わたしは南部君と再会し、そこでも彼は愛想よくビールをついでくれた。

暗黒舞踏という、数年で流行の前線から消えていった

その麻疹(はしか)熱のさなかでわたしたちは出会った。

病が去ったあとの身に残る余韻のことなど、他人が興味をもつはずもない。

南部君の思い出もきっとそのようなものなんだと、わたしは思っている。

Orabiグループ

 

大阪府茨木市新堂1-15-10-307

代表者:中野富生

Emailアドレス:orabi@beach.ocn.ne.jp

URL:https://www.orabi.website

* 2022年2月に大阪ライターズビューロはOrabiグループへ商号変更しました。 

*シンボル画は、大阪府在住のイラストレーター・ Moko氏の作品です。