自己紹介にかえて/中野富生(Orabi代表者)


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1953年 和歌山市生まれ

小・中・高と、学芸会ではクラス仲間と演劇(らしきもの)に取り組み、脚本・監督をつとめました。もちろん予選などないので、やりたい放題の自己満足レベルでした。そういうことが好きだったと、いうだけのことです。ただ小学生のとき、親友と組んだ漫才で、テレビ番組の予備審査を通過しました。番組側の事情で取りやめとなりましたが、そうでなければ吉本興業所属のお笑い芸人になっていたかもしれません。 

 

1979年 京都市立芸術大学美術学部卒業

二浪のすえ入学したというのに、絵を描かずに遊びほうけました。といってもマージャンやパチンコではありません。アングラの演劇と舞踏に心酔したあげく、テント興行する劇団に役者としてまぎれこみました。京大・同志社・立命の学生集団でしたが、ちゃんと木戸銭をとるので商業演劇団の端くれだったといえます。

ラグビー部ではスクラムハーフをつとめました。グランドが狭かったので、練習は昼休みの時間だけ。三美祭では、東京芸大に負け続けていました。いまでもテレビで試合を見るたび、当時の体感がよみがえって、痛いやらシンドイやら。臨場感などをこえた、ラグビー経験者の特典にちがいありません。

 

就職モラトリアム

大学卒業後、すぐに就職はしませんでした。就職という選択がかえって針路をせばめてしまうのではないかと、いま思えば幼稚な不安を抱いたのでした。まずは短期間で営業力をつけようと、外資系企業で英会話教材の飛び込みセールスを始めました。3ヵ月目に、1日3件の契約をとって退職し、お誘いがあって中学校の代行教員へと転身したのでした。

 

京都のデザイン会社に就職

この会社は、病院のCI制作を主な事業としていました。私がビジネスの基本を広く勉強させてもらった会社です。愛媛県松山市に新築される眼科病院へ、社長に同行したのですが、「あとはよろしく頼む」とバトンを渡され、頭の中が真っ白になった感覚はいまも忘れることができません。まだ基礎工事の段階で、ロビー床面に敷き詰める石板タイルのレイアウトを決めろと、設計会社に迫られて悩んだことも。

左の写真は、私がデザインしたものです。メモリーカードなるものでしたが、当時はまだ会社にさえパソコンがありませんでした。メモリーカードとは何なのか、首をかしげながらデザインしたことを思い出すたびに笑ってしまいます。その完成物は、いまも大事に置いてあります。

また同社では副事業としてビジネススクールを運営しており、外部講師のとりまとめと進行を担当しました。この責任ある仕事も胃が痛くなるものでしたが、じつはその緊張感を楽しんでいたかもしれません。美術をテーマにする講義では、私自身が講師をつとめ、受講者たちと美術館を訪れたこともありました。

 

思考力開発への取り組み

全国に学校と教室を展開する企業が、思考力開発をテーマとする研究所の講師を募集したので、応募して試験に合格。京都のデザイン会社から転職しました。

講師職でありながら、授業内容の企画とテキストの作成も任され、大阪・京都・神戸の3校において、自分の作成したテキストで授業を行いました。私は、この仕事にハマリました。思考力開発といっても、脳科学や心理学からのアプローチではなく、あくまでも創造的な教育手法をベースとし、1年間のカリキュラムは、生徒それぞれがビジネスアイデアの企画書を完成させることをゴールとして組み立てられました。

研究所長となってからは、ビジネスアイデアの企画を全国公開コンペとし、同校生徒と外部応募者たちを競わせるイベントへと拡張させました。賞品スポンサーとして外部企業との提携も実現しました。

もちろん最優先させるべきは、1回1回の授業でした。同職を離れて20年たちますが、ごくたまに、授業の準備をおこたって冷や汗をかく夢を見ます。

 

私は独自で、いくつかの教育手法を考え出しました。世間に公開して貢献を果たすまで力が及んでいませんが、簡単に紹介します。

 

記述式ディベート

ディベートは論理的思考力を身に着けるに有効ですが、ルールがとっつきにくいため定着が進みません。そこで肯定側と否定側が、交換日記方式で意見や質問をやりとりする方法を考えました。口ベタなゆえに不利となる、といった要素も排除できます。

 

アルエッセ

いきなり自分史に立ち向かうのではなく、思い出深い写真を友人に説明するような気軽さで、短文を書いてみます。アルバムをめくりながら書くエッセーです。

 

視覚発想法

発想のメカニズムは、言葉への膠着を捨て、受動的に映像の合成をうけいれることで機能します。そのメカニズムを理論化したものが視覚発想法です。

 

自分史人口をふやすために

私は教育を職業とした時期に、小学校の教育の理想像に思いをめぐらせたことがあります。その理想の小学校は、卒業式で卒業証書をうけとるのではなく、1冊の本をうけとるのです。いわゆる読み書きソロバンの勉強を合理化して、生徒は全員、多くの時間を校内の図書室で過ごします。低学年のうちは、とにかく多くの本を開き、本に対する興味を広げます。高学年になると、世界に1冊しかない本の制作にかかります。アドバイザーがつきますが、本人の興味の種を育て上げることに専念します。6年生になって、いよいよ印刷所の助けを得るときも、十分な予算が確保され、大人たちも真剣に本の完成に力を注ぐのです。そしてめいめいが、6年間の成果を卒業式でうけとるのです。

 

この理想の小学校は、実現の可能性はありません。しかし人生の後半においてなら、人は世界に1冊しかない本を創り出だすことができるのではないか、そう考えています。

 *メッセージ動画『どこにもない小学校』をご覧ください。

 

視聴覚コンテンツによる『エッセ入門』を全国公開

2020年12月、6ヵ月で自分史を完成させることを目標に、2020年12月に『エッセ(悦世)』という新しい手法を完成させました。この手法の特徴は、作業を細分化することにあります。フルマラソンを一気に完走しようとするから、息切れしたり、挫折したりするのです。でも、こま切れのジョギングなら、挫折しません。「とりあえず、つぎの電信柱まで」…そのノリを大切にしました。コンセプトは「石ころを宝石に」です。

 

自分史通信講座』をスタート

2021年3月、自分史の原稿作成を指導する通信講座をスタートさせました。

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